3年後の私をつくろう

振り返ったとき、このブログが転機になったと言えるように。そう願っています。

月曜日の憂鬱、私に生き方を問う。

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昨日の月曜日、朝のこと。

通勤ラッシュの電車に乗っていたら、急に気分が尋常でないほど落ち込み、憂鬱になりました。

その時は、線路に飛び込んでしまう人の気持ちが何となくわかったように思えましたね。それほど落ち込みました。

本当は、それをネタにして何かブログに書きたかったんだけれど、途中で辞めました。
読んでいる人が暗くなっちゃうと、申し訳ないからね。

どうやって生きていったらいいのか。

ネガティブにならないように書きました。

 

 

 

月曜日の憂鬱、私に生き方を問う。

吊革にぶら下がる彼ら

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電車に乗っているとき、なぜだか急に鬱々としてきちゃったんです。

 

たまたま座れるタイミングがあって、私は座席に座れたんですよ。
そしたら、目の前にはこれから出勤しようと電車に乗り込んできた、サラリーマンが見えるじゃないですか。

 

ギュウギュウ詰めの電車に乗って、毎朝出勤する社会人。
吊革につかまって立っている彼ら。
みんなうつむいているし、表情は影ができてますます暗く見える。
今は休職中で仕事を休んでいる私も、また彼らの仲間入りになる。

...

そんなふうに思っていたら、一瞬彼らが吊革にぶら下がっているように見えてしまいました

こんなふうに生きていくしかないのか。
電車に揺られながら、私は勝手に何かに対し、ただ絶望したのです。

 

ノートに書き殴る!!

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会社の最寄り駅を通り過ぎて、クリニックのある駅まで行きました。
もう鬱々としてきてヤバイから、急遽カウンセリングか主治医と話せないかなーと思って。

 

でもね、結局できなかった。
月曜日は休みだってこと、到着してから知ったんだよね。(笑)
しかたないので、とりあえずカフェに入りました。

 

今感じていることを、とにかく吐き出したかった。
カウンセリングは受けられなかったから、文字にしてノートに書き出しました。

 

どうやって生きていったらいいんでしょうか。

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自分はなんで生きるんだろう。

「なんで生きているだろう」ではなくて、「どうやって生きていったらいいの?」という疑問形の感情が、急に私を不安に陥れたのです。

 

仕事に戻って働き始めたら、こんな不安は感じないのかもしれません。
感じる時間も、心の余裕もない、という意味で。

 

このブログだけが唯一、その不安をある程度健全な状態で保持させ、自分にとっての最善を考えさせてくれる存在のように思います。

 

今すぐには答えは出せませんし、行動にも移せません。
このブログを続ける3年間のなかで、何らかの転機が訪れたら嬉しいものです。
いろんな人に、助けられながら。

 

書き終えて、ひとこと。

100人いたら100通りの答えがある。そんな問いですよね。

生きることとは、ツライこと。

そんな考えが覆ることなどあるのだろうか。

半ば諦めにも似た感情がありながら、なんとか豊かに生きれたらと思う今日このごろです。

 

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