3年後の私をつくろう

振り返ったとき、このブログが転機になったと言えるように。そう願っています。

不安があっても大丈夫。未来がすべてを肯定するから。

3月も残り半分を過ぎました。

就活を始めた大学生。来月入社の新社会人。学生さんのみならず、社会人も転職だったり異動だったりがあると大変ですよね。

この時期は、何かと不安を感じるタイミングが重なります。

 

そこで今回は、そんな“不安”についての考察です。

具体的には、私が新入社員になりたての頃に聞いた「人生の嘆き」と、ある小説家が口にした「希望ある言葉」を比較します。

その結果は、たいへん前向きな考えに至りました。

(記憶が曖昧な部分や面倒な身バレを防ぐため、体験談には一部フィクションを織り混ぜています)

 

不安があっても大丈夫。未来がすべてを肯定するから。

まえがき

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これから話す内容は、大きく分けて2つある。

1つ目は、同じ会社のベテラン男性社員、Aさん(仮)の話。最初に顔を合わせたのは居酒屋だった。

新入社員だった私が入社した際の、初めての飲み会(歓迎会)だった。

新人を交えた、しかも一番最初の飲み会。普通は、緊張をほぐす言葉をかけてやったり、希望のある明るい話をすると思われる。

ところがこのAさん、何を思ったのか、自らの仕事人生を嘆き始めたのだ。
それが1つ目の話。

 

2つ目は、たった1文の紹介である。ニコライ・ゴーゴリの言葉だ。
こちらは反対に、ポジティブな内容である。

 

ネガティブな話とポジティブな話。両者を比較したとき、私は強い信念を持った。

 

(次の章:①23)

Aさんの言った、嘆きの声

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新入社員の私を見て、Aさんは最初、「うちに来た理由って何があるの?」と聞いてきた。続いて横に座っていた2・3年目の先輩にも、改めてその質問をした。

...ここまでは至って普通だ。さて、Aさんはどんな話を始めるのか。

結果は、嘆きそのものだった。

 

僕はね、特に何も思うことなく、そのままでいたらこうなったんだ。結局、この会社でずっと働いているよ。

特にやりたかったわけではないんだけどね、気がついたらここまで来ちゃってたって感じだな。ここでこんなこと言うのもアレなんだけど、正直かなり辛くて、ぶっちゃけ何度も辞めたくなった。

でもね、さすがにもうこの歳(40代)になると、動こうにも動けないんだよね。

だから、もしやりたいことがあるなら、早めにそっちに移った方がいいよ。絶対に。

若いうちなら、まだやり直しが効くから。

 

初めての飲み会でこんなことを言われ、気分はドンヨリ曇ってしまった。いくらなんでもリアルすぎた。

途中までは良かったのだ。「あんまり考え過ぎることもないさ」という話かと思っていたら、それからグイーッと暗い道へ...。
最後は、どこか悲しげな表情で話を終えていた。

この人が言いたかったのは、
「本当はやりたかったことがあったがやらなかった、やっておいたほうがいいよ?」
という、よく聞くタイプの話ではないのだ。

これは、明らかに
「本当にやりたいことが見つからないまま、かと言って何かにチャレンジした自覚もなく、今までズルズルと進んできてしまった」
という、絶望的な話だ。

動けたのに動こうとせず、いざ動けなくなって初めて絶望した。そんな印象を受けてしまった。

 

(次の章:1→②3)

ゴーゴリが言った、未来の意味

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さて、もう一つはポジティブな印象の言葉だ。

彼の名は、ニコライ・ゴーゴリ。『外套』『死せる魂』などの書作を残した小説家・劇作家だ。(リンクはKindle無料版)

彼はまた、こんな一言を残している。

 

『青年は、未来があるというだけで幸福である』

 

聞く人によってはネガティブに聞こえるかもしれないが、ポジティブに解釈するのが自然であろう。

この一言のキーワードは、間違いなく「未来」という単語だ。
未来がある。それだけで万事OKなのだ。私はそんなふうに受け取った。

この言葉を知ったのは、あるブログ記事がきっかけだった。<あとがき>でも触れるが、その記事で上の一文を見つけた。(記事下にリンクあり)
そして、ふと疑問が浮かんだ。なぜかとたんにAさんの話が思い出されたのだ。

 

どうやら私は無意識のうちに、何かの共通点を感じたらしかった。
でもそれが何なのか、両者から何を得たのか、自分で言葉にできるまでに時間がかかった。

考え初めて数日経ち、ようやく、かろうじて人が読めるほどの文章にまとまったので、次の章に移ろうと思う。

(最後:12→③)

2人の話から思ったこと

私がAさんとゴーゴリから何を感じ取ったのか。

それは、「歩みを止めてならない」というメッセージだ。

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達観かもしれないが、私は、「結局のところ何とでもなる」と思ったのだ。
どんな道を選んでも、なるようになる。だから、歩みを止めてはならないんだと。

うまく説明できないのがなんともムズムズするので、ここでもう一度、ゴーゴリの言葉を見てみよう。

『青年は、未来があるというだけで幸福である』

ハッと思う。

この「未来がある」とは、「肯定できる時間がたくさん残されている」という意味なのではないだろうか。

すわなち、どんな選択をしようと、それを活かす方法をあなたはいつでも見つけられる、ということだ。

それに対し、Aさんはこうだ。

「本当にやりたいことが見つからないまま今までズルズルと進んできてしまった」。

 

最初、私はこれをネガティブに解釈していたが、それは間違いだったのかもしれない。

ひょっとするとこのとき、Aさんは自らの経験を肯定しようとしている段階だったとしたら、どうだろうか。
人生に遅すぎたなんてことはない、と聞く。

きっと私は、なにか誤解していたんだと思う。

 

今、Aさんの目の前には若い社員が座っている。

いろいろ考え経験した自分だが、残念ながら人生の先輩が言いそうな、経験によって悟った言葉は投げかけてやれない。

でも自分が今も感じている苦悩は、未だに肯定しきれていないこの姿は、むしろかっこ悪くても若者に示すべきなのではないだろうか。

まだ未来の長い青年には、自分よりも多くを経験し、何度も自らを認めてやれる時間があるのだ。

「僕は未だにこんなことを考えているけれど、君たちは自分よりもまだ時間がある。
探求することを忘れるな。よし!いいんだ!これでも良いんだ!!って。
君が若ければ若いほど、それができるんだ」。

 

**

 

歩みを止めないこと。若い人ほど可能なはずだ。

不安があっても大丈夫。未来がすべてを肯定する。

 

Aさんもゴーゴリも、言っていることは全く同じなのかもしれない。(終)

 

あとがき

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ネガティブな話とポジティブな話。両者を比較してみて、感じるものを今回書いてみました。

私は負のスパイラルによく捕まってしまいます。「あ~あまたこれか」という具合に。 

今思い出してみると、やはりそれは「負のスパイラル=不安」なんですよ。

先のことを想像し、想像の中でネガティブな道へ転げ落ちた時、泥沼にハマってしまう。だんだん生きるのが嫌になってくる。

私にとって、今回考えたことが「人生の特効薬になる」だとか、「もう悩みとは永遠におさらばだ!」なんてことにはなりません。
そんな単純なことなら、そもそも悩まないでしょうよ。

でもね、少なくともここ数日は、先のゴーゴリの言葉をよく反芻しています。
大切にしたい言葉です。

不安があっても大丈夫。未来がすべてを肯定してくれるんだ、ってね。

**

そして最後に。ゴーゴリを知った記事の紹介(id:A1rironさん、いつも読ませていただいています^^)と、今読んでいる本で池上彰さんがゴーゴリついて触れていたので、それらのリンクを貼っておきます。
ちなみに下の本、なかなかの良書。ただ今じっくり読んでいるところです。

 

▽ブログ記事の紹介

okite.hatenadiary.jp

 

▽今読んでいる池上さん(と編集手帳でおなじみの竹内さん)の本

書く力 私たちはこうして文章を磨いた (朝日新書)

書く力 私たちはこうして文章を磨いた (朝日新書)

 

 

今日はこのへんで。
不安にめげず、今日も生きていきましょう。

ではでは。

 

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