先日26歳になった。とうとう20代の峠を超えてしまった。
いろいろ考える。
長生きしたくない、さっさと死んでしまいたい、だって「なんでもないわたし」のままだなんてツライだけだから。30手前で死にたい。
でも長生きしたい。カメラもずっと続けたいし、ネコと一緒に暮らしてみたい。オーケストラも鑑賞してみたい。アーチェリーもやってみたい。
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先日の晩、何もすることがなくてテレビをつけました。NHKの番組では『アナザースカイ』をやっていて、ゲストが乃木坂46の白石麻衣さんでした。わたしより1つ下、25歳だ。
学生時代、彼女は陰口がきっかけで不登校になりかけたらしい。それもあって、過去は思い出すのもとてもイヤ。しかし乃木坂に入って自分が変わり、今こうして多方面で活躍できているのは、そうした思い出したくない過去のおかげなんだと思う。そう言っていました。
もっとも印象に残ったのは、彼女がインタビューの最後に語った一言。彼女は、人生で今が一番たのしいと言っていた。
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有名人と比べるのはおこがましいかもれない。けれど、そんな言葉を聞いたら自分に問いかけずにはいられなかった。「人生で今が一番たのしいです」だなんて言える瞬間など、わたしにはあったのだろうか。
同じ疑問は、たとえばTwitterを見ていても思う。Facebookと同様、Twitterも同じだ。みんな元気。充実した日々を送っている投稿がいくつもある。
ツイートの中で「人生で今が一番たのしいです」という投稿はあまり見ない。大げさな表現になってしまうから、普通は躊躇するのだろう。
でも他者からみて「この人はとても充実した人生を送っているんだな」と思う人はたくさんいる。そう感じるたびに、自分はどうなんだろうと自問し、ああ、自分は自分は...。そんな、言葉にならないドス黒い気持ちに満たされる。身体がよじれ、目がギュッと閉じられ、顔はこわばり、口の中が急に苦くなる。
誕生日という特別な日は、同じような問をわたしに投げかけてくる。後戻りはできない。25歳から26歳への1年間、何をしたのだろうか。
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唯一、写真を撮っているときだけは、そうした問から開放される。それでもこの「生きるのがたのしいと思えるのか」という問はずっとついて回る。
こんな26歳が存在していいものですか。
・Camera:X-Pro2
・Lens:Flektogon35mmF2.4