転職してから1ヶ月で退職することになりました。
こんなことって本当にあるんですね。あまりにも早い。自分でもまさかこんなことになろうとは思っておらず。
でも、身体は正直でした。
もちろん部署異動の願い等、打診はしましたが……小さな会社だったこともあって部署なんてもともとあるようで無いもの。
環境を変えることも相談しましたが、身体の負担が軽くなるような措置は難しかったです。
それを耐えてでも克服する、というルートもありましたが、そこまでして執着する理由もなく、来月メシが食べられない状況でもないことから、辞める決断をしました。
悪い会社ではなく、経営者も上司もとてもいい人でした。
ただ職場との相性が絶望的に合わず、慣れの問題を超えているように感じていました(入社してからずっと)。
働き続けるとしたら、お金と履歴書のためというのが目標になり、副産物として諸々の経験がくっついてくるかな、という印象です。もちろんそれも悪くないですが、そういう考え方も妥当であるのは新卒や20代だと思っています。
僕はもう30歳なので、安易に「とりあえず3年」みたいな考え方はちょっと危険だと判断しました。
辞めた感想としては……といってもすでに1週間休んでいたので、具体的には生活に変化はありません。
休んでいるのではなく、完全に切り離されて無関係になった、というだけ。
でも、心が広くなった気がします。まるで大掃除をして部屋の片隅にあった何かがごっそりなくなって、「部屋ってこんなに広かったっけ!?」と驚いているような。そんな気分です。
今回までは、雇用形態(正社員であること)と給料を比較的重視していました。
これからはそれらはいったん脇に置いておいて、自分がありのままでできること、自然体でできること、そこにいる自分が嫌いにならないこと、といった感覚的な側面を重視して就職活動をしたいと思います。
したがって、最初はアルバイトかもしれませんが、もうこの際どうでもいいです。
とりあえず家賃を払い、メシが食えるだけの賃金があって、なおかつ自分が”自分”で存在できること……。
今回(というか20代全般において)学んだことは、すべてこのためだったんじゃないか、とすら思います。
すなわち、他者目線で生きるか自分目線で生きるか。
どちらが自分にとって幸せなのか、心と身体で学んだ気がします。
これまでの仕事がダメではないし、そこで働く人が間違っているわけでもありません。
ただ僕にとっては、本当は自分目線で生きたいのに他者目線ばかり優先していたため痛手を受けたのだと思っています。
他の人なら……問題ないのかもしれません。人によって、得意不得意が違いますし、価値観が違うので。
僕はどこまでいっても「興味がもてるか」がぶっちぎりナンバーワンで重要だということがよくわかりました。あとは環境。大切にしたいことを、大切にしてその場に存在できるかどうか。
社長からも励ましていただきました。
僕は人にはいつも恵まれるんです。特に上役の人には。これまでずっとそうで、今回もいい人に巡り会えました。それについては本当に感謝です。
他者目線ばかりを優先してしまう思考の暴走が、相性の合わない職場を引き寄せ今回の結果につながったのかもしれません。
普通の人はもっと自然に回避できるのでしょうね。僕の心には、他者から求められることに多大な価値を置いてしまうようなので、それが暴走すると自分本来の声がかき消されます。
そうはいうものの自分本来に従うのも難しいです。なぜなら仕事とは他者からの求めがあるところにしか成り立たないからです。
でも、ありのままで自分、自然体の自分で存在しながら、他者からの求めに応じる手段や環境、場所はある……のかもしれません。
いまの僕はなかなかこれを信じることができませんが、「自分に適した仕事は絶対にあると思ったほうが良い」と社長に言われました。
あるのでしょうか……なんて弱気なことをこぼしてしまいましたが、それはあるのだと、信じたいです。