伊坂幸太郎の小説の良さがわかってきたかも。
僕がいいなと感じたのは、時間軸の変化と恋愛心の2つです。
感想
あらすじ
妻に出て行かれたサラリーマン、声しか知らない相手に恋する美容師、元いじめっ子と再開してしまったOL……。人生は、いつも楽しいことばかりじゃない。でも、運転免許センターで、リビングで、駐車場で、奇跡は起こる。
時間軸について
『アヒルと鴨のコインロッカー』『サブマリン』に続いて読んだけど、どれも過去、現在、未来を行き来するストーリー展開が特徴的でした。
登場人物の現在があって、過去にはこんなことがあって、未来にはこうなる、という話が複数人入り組んで文章が並んでて。
読みながら「ん?……あぁ、これは〇〇の未来の話か!!」といった驚きがあったり、思わぬ場所やタイミングで知り合いになってワクワクしたりする。それは読書ならではのたのしさです。
映画やドラマだと、そのへんが難しいと思います。
たとえば登場人物の過去や未来は、現在を演じている人と似ている人にしないといけません。すると、まだわからないはずなのに、「俳優が似ているから同じ人ナノではないか?」と推測できてしまう。ところが読書というのは文字が並んでいるだけなので、そのあたりをマジックみたいに覆い隠すことができる。
そういった、読書だからこそのたのしさを味わえるのが伊坂幸太郎の小説の魅力だと思うし、『アイネクライネナハトムジーク』もまさにそんな面白さがある作品でした。
恋心について
いろんな人が出てくるのですが、この中でわりと男女が惹かれ合うシーンが多々ありました。また、夫婦だったけど離婚するという登場人物もいます。
心が近づいていったり、あるいは離れていったりするときの描写が、すごく優しいくて現実的だったところが僕は好きでした。
特に、離れていく話の方。
ITの仕事をする夫を残し、娘を連れて勝手に出ていっちゃった妻。この妻は、自分がなんで夫の元から離れたかったのか、いまいち理解していないんですね。ただとにかく嫌だったのだ、と。
まったく理由がないわけではなく、物語なので「夫のこういうところが嫌でした」みたいな語りはあるのだけれど、なんだかそれも釈然としない様子で描かれています。僕は、それがとても現実的に思えて印象に残りました。
現実的だって感じたのは、僕もそのようにして別れた経験があるからです。夫婦じゃなくて恋人だったけど。
彼女は「なんで!!?」と怒っているようだったし、悲しんでいるようだったし、混乱していました。理解できる説明を求めていました。けれど、僕が僕自身の気持ちがわからなくて、ちゃんとした説明ができませんでした。今でもよくわかっていません。嫌だったことだけはハッキリしていました。
そんな経験があるので、物語に共感できました。
人って、他人には自分が理解できる説明や理屈、理由を求めるんです。けれど、自分の感情や行動に対する説明をちゃんとできる人って、あまりいないんじゃないだろうか。
他人の感情や行動についてこちらが理解できることは実際は不可能です。けれど、求めはするんですね。他人には求めるけれど、自分自身には求めない。求めても理解が及ばない。
心っていうのはそれだけ複雑だし、複雑なうえにランダムだったりもする。そういうものだってことを前提にしておかないと、空回りして人は疲弊するなぁと思いました。
物語では、妻が出ていった理由がさっぱり理解できない夫が、仕事でミスをしたり同僚に助けられたりしながら生きていきます。
読んでいて、人生ってわからないことがわからないまま、保留のまま進んでいくことがあるんだなぁ、というかそっちのほうが多いのかなぁ……なんて思いました。
さいごに
この小説は、内容がうまく思い出せないくらいになってから再読したくなる物語でした。
そういう小説ってほかにもあって、たとえば恩田陸『夜のピクニック』とか小川洋子『猫を抱いて象と泳ぐ』とか。この2冊はともに手放してしまったので、図書館で借りてこようかな。