土曜日の夜。外が暗くなってきて、カーテンを閉めようとしたら月がみえた。
カメラを取り出し、窓を開けて何枚か撮った。
外気が部屋になだれ込むと、身体と心が同時にキュッと引き締まったように感じられた。
神様や仏様はいるのかどうかわからないが、月は確実に存在する。手の届かない場所にあって、生まれた日から月は毎日頭上を通過していった。
今日も昨日も、10年前も100年前も、この月は同じようにこのアパートの窓から見える位置にあった。そう思うと、不思議と手を合わせて拝みたい気持ちになる。
暗い空間にポツリと浮かび上がるようにして現れる月は、まるで遠くに見える希望の光のように感じられた。
月はいつだってそこにあった。生まれた日にも、苦しくて寝込んでいるときも、好きな人と抱き合っているときにも。そして死んだあとでさえ、やはり月は同じように存在するのだろう。
たまに雲に隠れて見えなかったり、満月や新月のように地球との位置関係で姿が見えなくなったりするが、それでもやはり月はいつだって存在する。
暗い空間にポツリと浮かび上がる光をみて、僕はそこにうまく言えない偉大さを感じ取った。