年末年始に実家に帰ったときのこと。
父がこう言いました。
「いきなり仕事をやめて海外旅行に行ったときは母からさんざん怒られた。でも今はこんな状態だ。とてもじゃないが旅行なんて行ける身体じゃない。だからあのとき行っておいてよかったんだ。
やりたいことがあるならやれるうちにやっておいた方がいい。あとでできなくなっても遅いから」
今はこんな状態だ、というのは、父の身体の具合が良くないことを指しています。めまいがするそうです。食も細くなりました。昔に脳梗塞をやっていて、その後遺症なのだと。
父の言うことは一般論としてよく聞く話の類なので、特段おどろいたり心動かされたりってことありません。ただ、もうできなくなってしまった人の言葉には、それなりのインパクトがありました。
購読ブログでも最近似た話を聞いたなぁと思ったら、見つけました。タクシー運転手さんとの会話です。
やりたいことはやっておいたほうが良い、と運転手さんに言われた。それは年末だから何某という意味ではなく、生きているのであれば、みたいなニュアンスだったと思う。何か胸に引っ掛かるものを感じた。
20231222 - 金曜の夜は別の人になりたい
忘年会で上役の人との会話で、仕事がたのしいかどうかという話をしたぴーさん(id:piatdeisui)のブログです。
僕も仕事がたのしいと思えたことはほとんどないので(今やっている新しい仕事も今までの仕事もすべて含めて)、引用部分以外にも感じるところがありました。
やりたいことと仕事を一致させるというのは、だれもが簡単にできることではありません。お金を稼ぐというのはそれだけ難しいことです。あるいは、そもそもやりたいことで稼ぐ必要があるのか、という疑問もあります。仕事において多くの一般人は、できればやりたくないが、かといってできないわけでもないし辞めたら生活できないので続けている、だと思います。
この姿を、僕は理想的ではないと思うしそんなの嫌だと考えていました。けれど生活していかなくてはならないし、そんなに弱くないと思うんですよ。
弱くないというのは、つまり突出した強みがないからやりたいこともないのだけれど、逆に「こうじゃなきゃダメ!」がないぶん幅広く応用が効くというか……雑草みたいに、海がある場所でも山奥であっても、一応はその土地に根付いてやっていける力。これを雑草力とでも言っておきましょう。
仕事においては、この雑草力でやり抜くだけで十分なのでしょうね。雑草力で地道に働いて生活をし、たまたまあるとき「これだ……!」って何かがあったら、そのときに蓄えたお金であったり経験をフル活用すればいいのではないでしょうか。
仕事以外には、雑草力で得たお金や生活基盤を軸にして、やりたいことをやったらいい。ここが大事なのだと思います。つまりだらだらと時間つぶしでテレビを見ちゃうのか、本当にやりたいことをやれるのか。
今は冬なので、たとえばウィンタースポーツの季節です。スキーが好きな人は雪山に行くでしょうが、シーズンオフには次に行くゲレンデを探したり、同じ「滑る」で横にズレて、サーフィンに挑戦するのもおもしろそうですね。
これを書きながら、さて自分はどうだろうかと自問自答しました。あぁ、さっきまで特に関心もないYouTube動画を見ていたなと反省しました。
やりたいこと、やらないとなぁ。時間は過ぎていくし、いつまでも同じ日常がやってくるとは限りません。やはり、やりたいことはやれるうちに、早くやっておかないといけませんね。