いろんな「合わせる」がありますね。
目線を合わせる
保育園のまえを通り過ぎたとき、カゴに乗った子供たちを見かけた。
あの大きなベビーカーみたいな乗り物には名前があるのだろうか。
たまに見かけては観察してしまう。
あの大きなベビーカーは街中をドライブする。
保育士さんが押して、子どもたちはあたりをキョロキョロ見回しながら喜々としてうれしそうな声を出す。
あれは一種のアトラクションだよね。
僕は一度だけでいいので、そこに混ざってみたいと思っている。
子供たちの目の高さに合わせて、街中をドライブしてみたい。
単純におもしろそうだと思いませんか?
乗ってみたいという大人、けっこういるんじゃないだろうか。
心を合わせる
犬の散歩をしているおじさんがいた。
おじさんが犬の歩調に合わせているのか、犬がおじさんの歩調に合わせているのか。
たまに、どちらが合わせているのかよくわからない散歩風景を見かける。
今回見たのも、まさにそれだった。
あれ、いいよねぇ。
何がいいって、ふたりとも同じスピードというのが、なんだか見ていてホッとする。優しくなれる気がする。
それとは逆に、見ていて残念に感じる散歩もある。
電柱や雑草に夢中の犬を、いつまでも付き合ってられないという気持ちでグイッと引っ張ったり。
飼い主がスマホに夢中で、犬はただ横や後ろを歩いているだけとか。
犬を飼ったことはないけれど、気持ちはわからなくもない。
それでいうと、先のおじさんは犬と歩くペースが同じだったが、それだけではなかった。
散歩中の心の向きが、飼い主は犬へ、犬は飼い主へと向けられていた。
まるで夫婦で散歩しているように見えた。
だから微笑ましい感じたのだと思う。
まぁ、でもだからといって、じゃあ電柱をクンクンしている犬と一緒に飼い主もクンクンしてたら、それはちょっとマズイよねぇ。
でもさ、スマホ見るのはやめて、せめて犬との散歩をたのしんだほうが良いと思う。
合わせてはいけない
キャリアコンサルタントの資格勉強をしている。
試験にはロールプレイが課されていて、これは相談者役から職業に関する相談をうけ、それに応答するというもの。
このロールプレイには一定の自信があった。
ところが、前回の試験では不合格だった。
先日、都内の貸し会議室に集まって受験生同士で練習しているとき、相談を受けるうえで大事なポイントを忘れていたことに気付かされた。
それは、相談者の視野に合わせてはいけない、ということだ。
どういうことかというと、相談者はきまって視野が狭くなっていることが多い。
・部下たちはこう思っているのだと思う
・上司たるもの、こうでなければならない
・転職なんてできないんじゃないか
相談者がそのように思っている理由を聴くことはもちろん大切だ。その狭い認識の縁をなぞり、形やサイズを知ることは悩みの理解に不可欠だろう。
けれども、その認識はあくまでひどく限定されているということを忘れてはならない。
・それはこの人の思い込みではないか
・上司としての理想像が極端じゃないか
・転職しても活かせる要素はあるはずだ
キャリアコンサルタントは、相談者よりも常に視野を広くしておく必要があるのだ。
相談者に対し、考えが狭くなっていることを気づかせてあげる必要がある。そして狭まった視野の外側へ案内してあげないといけない。
僕は、相談者に寄り添おうとしすぎるばかりに、狭い視野を共有してしまい、外側へ導くという役割を忘れていた。
だから試験に落ちたのではないかと思っている。
相手の心に合わせるだけではダメなのだ。
相談に乗るときには、こちらに相手よりも広い視野が求められる。
キャリアコンサルタントのみならず、これは相談事すべてにおいて共通なのかもしれない。